親鸞聖人(しんらんしょうにん)が、関東で約20年間、ご家族と共に住まわれた稲田の草庵跡(茨城県笠間市稲田)を訪ねてみましょう。
草庵があった場所には、現在、浄土真宗(じょうどしんしゅう)の寺院「西念寺(さいねんじ)」があります。(中略)
聞法の熱気あふれる
親鸞聖人の稲田の草庵
稲田の草庵は一般の住居ではありません。親鸞聖人が真実の仏法を説かれる場所であり、寺の本堂のような大広間があったはずです。各地から参詣した人々が、この静かな草庵で、真剣に仏法を聴聞している姿が目に浮かんでくるようです。
西念寺に伝わる縁起には、次のように記されています(意訳)。
「親鸞聖人が稲田の草庵で、阿弥陀仏(あみだぶつ)の本願(ほんがん)を説かれると、僧侶や一般の人が、次々に訪れるようになりました。身分の高い、低いの差別はなく、武士や農民、文字の読めない人に至るまで、あらゆる階層の人たちが参詣していました。そのため、たちまち草庵に入りきれなくなり、建物からあふれた人たちが、外に立って聞いていたほどです」(『常陸国稲田御禅坊略縁起』)
いったい、どれくらいの人たちが稲田の草庵で仏法を聞いていたのでしょうか。
茨城県の『笠間市史』や『下妻市史』によると、親鸞聖人が関東で布教された約20年間に、1万5,000人以上もの念仏が現れ、聖人の教えをお聞きするようになったと推測されています。
弥七夫婦の聞法
私が稲田の草庵跡を訪れたのは、昨年の9月18日でした。
西念寺の僧侶・吉田浄信さんに、この地の歴史から、親鸞聖人のご苦労まで、丁寧に教えていただきました。
吉田さんに、「稲田の草庵には、どんな言い伝えがありますか」と尋ねると……。
「そうですね。アニメ映画『歎異抄(たんにしょう)をひらく 関東の親鸞』に登場する山伏・弁円(べんねん)。それに、弥七(やしち)とその妻のエピソードが有名ですね」
「弥七とは、どんな人だったのですか」
「とても貧しい人でした。ここから十数キロ離れた福田という村に、夫婦で住んでいました。弥七の家は、近年まで残っていたと思います」
そんな貧乏な人の家の跡が、約800年間も保存されていたとは、よほどのことがあったに違いありません。
調べてみると、稲田の歴史を記した多くの書籍に記されていました。情報をまとめると、次のとおりです。
弥七夫婦は、親鸞聖人の教えを、熱心に聞き求めていました。
稲田の草庵でご説法がある日には、夫か妻か、どちらかの姿が、必ずありました。しかしなぜ、夫婦で一緒に参詣しないのでしょうか。
それは、あまりにも貧乏なため、外出着が一着しかなかったからです。ご法話があるたびに、一着の着物を交代で着て、どちらか一人だけが参詣することにしていました。
ご法話から家に帰ると、親鸞聖人からお聞きした内容を留守番をしていた相手に伝え、仏法の話で盛り上がるのが、とても幸せな時間でした。
ところがある日、妻が、しょんぼりした顔で稲田の草庵から帰ってきたのです。
夫は不審に思って、「どうしたんだ。親鸞聖人のお話を、お聞きすることができなかったのか?」と尋ねます。
「いいえ、仏法を聞かせていただき、とても感動して、うれしくて……」
「よかったじゃないか。明日はわしの番だな」
そう聞いて、妻は、「私も、留守番をせずに、仏法をお聞きしたいのです……」と、泣きだしてしまいました。
弥七には、妻の気持ちが痛いほど分かります。
「なんとかできないものか……」
弥七に名案が浮かびました。
押し入れの中から古い“つづら”を出してきて、「おい、もう泣くな。明日は、この中に入ってくれないか。わしが背負って運んでやるから」と励ましたのです。
翌朝、弥七は、妻が入った“つづら”を背負って稲田の草庵へ参詣しました。草庵は、すでにたくさんの人で埋め尽くされています。
弥七は、親鸞聖人のお話が聞こえやすい場所に“つづら”を置きます。妻は身を潜めながら、親鸞聖人のお言葉を一言も聞き逃さないようにと、真剣に聴聞していました。
ところが、ご説法中に妻は、あまりにも仏法の尊さ、ありがたさに感動したため、念仏を称えながら、裸のままで“つづら”から飛び出してしまったのです。
これを見た参詣者から、どっと笑い声がわき起こりました。
親鸞聖人は、「皆さん、静かにしてください。いくら立派な服を着て、外見を美しく飾っても、真実の信心を獲得しなければ、極楽浄土へは往生できません。仏法は聴聞(ちょうもん)に極まります。どんなことがあろうと聴聞したいという、弥七の女房の心がけこそ、仏法者のお手本といえます」と、弥七の妻を、優しくいたわられたのでした。
(『月刊 人生の目的』令和7年2月号より一部抜粋)
<続きの主な内容>
- 無常に驚いて参詣した武蔵国の城主・橋本綱宗(つなむね)
- 西光寺に伝わる悲しい恋の物語
全文は本誌をごらんください。
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聞法の熱気あふれる
親鸞聖人の稲田の草庵
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