70歳・女性
30年以上も前の、つらい出来事を訴える弟に、どう対応すればいいのでしょうか
私の弟は、精神疾患で、独り暮らしをしながら、自宅療養を続けています。先日、突然、30年以上も前の職場でのパワハラについて、激しい口調で私に訴えてきました。今までそんな話は聞いたことがなく、なぜ今になって言い出したのか、不思議に思いますし、こんな思いを抱えて30年間生きてきたのか、と思うと、悲しい気持ちでいっぱいになりました。私は黙って聞くしかできなかったのですが、このような対応でいいのでしょうか。
明橋大二先生
本人にとっては、決して過去の話ではなく、今も苦しみ続けているのです
私のところに相談に来る人の中にも、何十年も前に起こったつらい出来事を、つい最近起こったことのように、涙ながらに訴える人が時々あります。
私たちはつい、「そんな昔のことを今さら持ち出しても」とか、「もう過去の話なんだから、そんなことは忘れて前を向きなさい」と言ってしまいがちです。
しかし、そういう人にとっては、このつらい出来事は、決して過去の話ではなく、今現在も苦しみ続けていることなのです。「何十年も前の話なんだから」「もう忘れて前を向きたい」ということは、その弟さん自身、頭では重々分かっておられると思います。でもそれができないから、今回、お姉さんに訴うったえてこられたのだと思います。「もう過去のことだから」と忘れることはできない、なかったことにできないから、苦しんでおられるのだと思います。
私たちは通常、つらいことがあった時、心が傷ついた時、ショックを受け、落ち込みます。悲嘆に暮れたり、泣いたりします。絶望的になったり、やけになったり、時には激しい怒りを表すこともあるかもしれません。しかし時間がたつうちに、少しずつそのような感情は落ち着いてきて、なぜこのようなことが起こったのか、少し冷静に考えられるようになります。一時は「お先真っ暗だ」と思っていたことでも、実際には、すべての望みが絶たれたわけではない、やり直したり、取り戻したりできる可能性があることも分かってきます。そうして少しずつ立ち直り、やがて再び前を向いて生きていくことができるようになります。
しかし、あまりにもショックが大きい、とても受け入れられるようなことではない、そんな出来事が起こった時、人間の心は、その事実にそっくり蓋をして、心の奥底にしまってしまうことがあります。その事実を受け止めようとすると、心が壊れてしまう、あるいは自殺してしまう、そんな深刻な事態が起こった時、いわば、その記憶を瞬間冷凍して、そのまま心の奥底に閉じ込めてしまうのです。
そうすると表面的には、それほどダメージを受けていない、何とかやり過ごしたように見えますが、実際には決して乗り越えたわけではない、その出来事を受け止めて整理をつけたわけではない、ただ蓋をしてしまい込んだだけなので、いずれ時がたつと、再び心の中によみがえってくることがあります。
瞬間冷凍されたものなので、それが解凍されると、ある意味、最初に起こったそのままの鮮度でよみがえってきます。ただ言葉だけでなく、その時の感情や雰囲気、空気のにおいまでよみがえってくる、という人もあります。だからこそ、そういう訴えは、決して数十年前の色あせた記憶ではなく、リアルで生々しい、今まさに起こっているような痛みや悲しみとして表現されるのです。
こういう記憶を、「トラウマ記憶」といいます。また、トラウマ記憶がよみがえってくることを、「フラッシュバック」といったりします。
質問者の方が、「どうして30年以上前の話を今さら持ち出すのか」と不思議に思っておられるとありますが、30年間、蓋をし続けてきたものが、ようやく今、表に出てきたということなのだと思います。
(『月刊 人生の目的』令和7年6月号より一部抜粋)
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