六度万行(ろくどまんぎょう)
幸せになる法則とは?
すべての人は、苦しみを避け、幸せを求めています。
そんな私たちに釈迦は、因果の道理を教えられ、「苦しむのが嫌なら、悪い行いを慎みなさい(廃悪)」「幸せになりたければ、善い行いをしなさい(修善)」と説かれました。
私たちに「廃悪修善(悪を廃して善を修める)」を勧められているのです。
では、どんな行いが「善」なのでしょうか。
釈迦は、経典の中に、とても多くの善を教えられています。これを「諸善万行(しょぜんまんぎょう)」といいます。
「諸善」も「万行」も、たくさんの善という意味です。
ところが、あまりにも善が多くあると、私たちは、どれから実行すればいいか迷ってしまいます。
例えば、服を買いに行った時に、店に何百着も並んでいると、「あれもいい」「これもいい」と迷ってしまい、なかなか決まらないことがあります。
そんな時、服装に詳しい店員が、「あなたのお好みに合った服を、5、6着、お探ししましょうか」と言って、候補を絞ってくれると、選びやすくなります。
ちょうどそのように、釈迦は、私たちが善を実行しやすいように、諸善万行を、布施(親切)、持戒(言行一致)、忍辱(忍耐)、精進(努力)、禅定(反省)、智慧(修養)の6つにまとめてくださいました。
そして、私たちに、「この6つの中から、まず、自分のやりやすいものを1つ選んで、やってみなさい」と勧められているのです。
この6つの善を「六度万行(六波羅蜜)」といいます。
①布施(ふせ)ー親切
釈迦が、六度万行の最初に挙げられているのが「布施(ふせ)」です。
布施とは、「あまねく施す」という意味であり、分かりやすくいうと「親切」のことです。
しかも、「施す」といっても、お金や物に限りません。
例えば、
• 笑顔で、明るく挨拶する。
•電車の中で立っている高齢者に、座席を譲る。
•重い荷物を運んでいる人を見たら手伝う。
•災害の現場へ行って復旧を支援する。
などのように、優しい言葉や、明るい笑顔、ボランティアなども、すべて「布施」だと教えられています。
このように、いつでも、誰に対しても、心がけ一つでできる善が、布施なのです。
大切なのは、相手のことを第一に考え、喜んでもらいたいという心です。これを仏教では「自利利他(じりりた)」といいます。相手の幸せを念じて行動する( 利他)ままが、自分の幸せになる( 自利)のです。
(中略)
孤独な少女サーヤを救ったお釈迦さまの教え
六度万行の一つ、「布施」の大切さを教えるエピソードを紹介しましょう。今から約2,600年前、釈迦がインドで仏教を説かれていた時のことです。
赤い夕日が、山の向こうに沈む頃になると、少女サーヤの胸には、寂しい思いが込み上げてきます。
友達は、みな、親が待つ家へ帰っていきますが、サーヤには笑顔で迎えてくれる両親がいません。彼女が幼い時に亡くなったのです。
孤児となったサーヤは、インドの大富豪、給孤独長者(ぎっこどくちょうじゃ)の屋敷に引き取られて働いていました。赤ん坊の世話と食器を洗うのが毎日の仕事でした。
サーヤは、温かく抱きしめてくれる母がこの世にいないと思うと、切なくて涙があふれてきます。一緒に遊んでいた友達が帰ると、道端に座り込んで、いつしか大きな声で泣いてしまいました。まだ10歳の子どもなのです。
そこへ、釈迦の弟子が通りかかり、「お嬢ちゃん、どうしたの。ほら、夕焼けが、あんなにきれいだよ」と声をかけてくれました。
サーヤが泣きやむと、弟子はにっこりほほえんで、泣いていた訳を尋ねました。
「亡くなったお父さん、お母さんのことを思い出すと、涙が出てくるの……」
「そうか、独りぼっちなのか。おまえには難しいかもしれないが、お釈迦さまは、人はみな、独りぼっちだと教えておられるんだよ」
「私だけじゃないの? どうすれば、この寂しい心がなくなるの……。私も、お釈迦さまのお話が聞きたい!」
サーヤは、たたみかけるように言います。
「それなら、いつでもおいで。誰でもお話を聞かせていただけるんだよ」
喜んだサーヤは、給孤独長者の許しを得て、釈迦の説法を聞きに行くようになったのです。
ある日のこと。
夕食を終えた長者が、庭を散歩していると、サーヤが大きな桶を持ってやってきます。
「何をするつもりだろう」と見ていると、「ほら、ご飯だよ。ゆっくりおあがり。ほらお茶だよ……」と話しかけながら、桶の水を草にかけ始めたのです。
「はてな? ご飯? お茶? 何を言っているのだろう」
長者は、サーヤを呼んで聞いてみました。
「はい、お茶碗を洗った水を、草や虫たちに施しておりました」
「そうだったのか。だが“施す”などという難しい言葉を、誰に教わったのかな」
「お釈迦さまです。『毎日、少しでも善いことをするように心がけなさい、悪いことをしてはいけませんよ』と教えていただきました。善の中でも、一番大切なのは『布施』だそうです。貧しい人や困っている人を助けるためにお金や物を施したり、お釈迦さまの教えを多くの人に伝えるために努力したりすることをいいます。私は、何も持っていませんから、ご飯粒のついたお茶碗をよく洗って、せめてその水を草や虫たちにやろうと思ったのです」
「ふーん、サーヤは、そんなよいお話を聞いてきたのか。よろしい。お釈迦さまのご説法がある日は、仕事をしなくてもいいから、朝から行って、よく聞いてきなさい」
「本当ですか。うれしい! ありがとうございます」
お金や財産がなくても、七つの布施ができる
また幾日かたちました。
長者は、サーヤが急に明るくなったことに気づきました。いつも楽しそうに働いています。またサーヤを呼んで話を聞いてみたくなりました。
「サーヤ、いつもニコニコしているね。何か、うれしいことがあったのかい」
「はい! 私のように、お金や財産が全くなくても、思いやりの心さえあれば、七つの施しができると、お釈迦さまは教えてくださいました。私にもできる布施があったと分かって、うれしくて……」
(『月刊 人生の目的』令和6年7月号より一部抜粋)
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