森鷗外の『高瀬舟』|文豪が問う「なぜ生きる」

京都へ行った時のことです。四条大橋のたもとで地図を広げていると、鴨川と並行して、「高瀬川」という小さな川が流れていることに気づきました。

森鴎外の小説『高瀬舟』で有名な、あの川です。『高瀬舟』のテーマは、『歎異抄』と深い関係があります。高瀬川のほとりを散策しながら、「生と死」について考えてみることにしました。

高瀬川の上流には、高瀬舟がつながれていた

森鴎外は、夏目漱石と並んで明治時代を代表する文豪です。

小説家としては、異色な経歴の持ち主でした。東京大学医学部を卒業し、陸軍の軍医となります。22歳から4年間、ドイツへ留学した経験が、後の文学活動に大きな影響を与えています。

小説を発表しながらも、陸軍の中では出世を果たし、軍医としての最高ポスト「軍医総監」にまで昇り詰めました。 陸軍を退官する54歳の年に発表した小説が『高瀬舟』です。とても短く、20分ほどで読める作品です。

しかし、一読後、心に何かが、ずしりと残るのです。それは、なぜか。「人間にとって、幸せとは何か」という、とても大きな問いが、二つの角度から提起されているからです。

森鴎外が、『高瀬舟』を発表したのは大正5年(1916)。それ以来、さまざまな議論が繰り返されてきました。100年以上たった今日でも、いまだ、解決していない難問なのです。

小説を要約してみましょう。『高瀬舟』は、こう始まります。

*遠島……江戸時代の刑罰の一つ。島流し *暇乞……別れのあいさつ

桜散る、春の夕刻。珍しい罪人が高瀬舟に乗せられました。彼の名は、喜助といいます。30歳ほどの、住所不定の男です。 町奉行所の役人・羽田庄兵衛は、罪人の護送役を命じられて一緒に舟に乗りました。庄兵衛は、喜助を見て「不思議な男だ」と思わずにおれませんでした。

これまで、島へ流刑になる罪人は、舟の中で夜通し泣いたり、悔やんだりしている者ばかりでした。ところが、喜助は、いかにも楽しそうな顔をしているのです。今にも、口笛を吹いて、鼻歌を歌い出しそうにさえ見えます。

庄兵衛は、罪人と親しく会話をしてはいけない立場でしたが、つい、「喜助、おまえは、何を考えているのか」と尋ねてしまったのです。

(『月刊 人生の目的』令和8年4月号より一部抜粋)

88ページ/A4変型
定価:700円(税込)

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