親鸞聖人の「激しい怒り」と、「限りなき喜び」のシーン
映画『親鸞 人生の目的』の終盤には、1207年に京都で起こった大事件*が描かれています。浄土仏教が広まることをねたんだ者たちが権力者と結託して、激しい迫害を加えてきたのです。
法然上人が阿弥陀仏の本願を説かれていた吉水草庵は閉鎖され、一切の布教活動が禁じられました。それだけでなく、無実の罪で、法然上人のお弟子が何人も逮捕され、死刑や流刑に処せられたのです。さらに法然上人、親鸞聖人までもが、都から追放される事態に発展したことが『歎異抄』に記されています。 親鸞聖人は、権力者の無法な弾圧に、どう立ち向かわれたのでしょうか。映画の中には、親鸞聖人が「激しい怒り」を告白されるシーンと、「限りなき喜び」を述べられるシーンが、対照的に描かれています。それぞれの場面のセリフを確認し、その舞台となった場所を訪ねてみましょう。
*承元の法難
流刑の沙汰
夜になって、京都は、激しい雨に見舞われていました。
親鸞聖人が、ご自身のお住まい「岡崎草庵」で念仏を称えられていると、弟子の覚明が、「沙汰が出ました」と言って駆け込んできました。親鸞聖人に、越後(現在の新潟県)への流刑が宣告されたというのです。
しかし、親鸞聖人にとっては、自分のことより、恩師・法然上人への沙汰が、一番気がかりだったのです。「法然上人は! お師匠さまは!」と問いただされると、覚明は、「土佐(現在の高知県)への流刑でした。死罪じゃありません……」と答えます。
覚明は、「死罪は免れたからよかった」と安心したのかもしれません。
親鸞聖人は全く違います。真実の仏法を説いてくださる善知識を苦しめることが許せないのです。親鸞聖人の表情は、みるみる怒りに変わっていきます。
そしていきなり、家から飛び出されました。外は、土砂降りの雨。暗闇の中を、都の北東にそびえる東山へ向かって全力で走り出されました。この山へ登れば、真実の仏法を破壊する権力者、後鳥羽上皇がいる御所が見えるはずです。険しい山道を駆け登りながら、親鸞聖人は叫ばれます。
◆ ◆
親鸞聖人 「はあ、はあ、念仏停止だと!」
親鸞聖人 「はあ、はあ、流罪だと!」
親鸞聖人 「はあ、はあ、死罪だと!」
親鸞聖人 「はあ、はあ、ちくしょう! ちくしょう! なぜ流罪にする! なぜ死罪にする!」
親鸞聖人 「はあ、はあ、何が念仏停止だ!」
親鸞聖人「はあ、はあ」
御所を見下ろせる丘から、親鸞聖人は、強い口調で念仏を称え続けられます。
親鸞聖人「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
語り・晩年の親鸞聖人「あの時わしは、御所に聞こえ届けと念仏した。法然上人を流罪にし、念仏を禁止した後鳥羽上皇に対する、怒りであった」
◆ ◆
すべての人が絶対の幸福に救われる教え、「阿弥陀仏の本願」を伝えることを禁じた権力者への、激しい怒りの爆発でした。
(『月刊 人生の目的』令和8年1月号より一部抜粋)

88ページ/A4変型
定価:700円(税込)
続きの主な内容
・東山の山頂へ
・越後への旅立ち
・逢坂の関
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