親鸞聖人は35歳の時に、無実の罪で流刑に遭われました。
京都から追放されたのです。
承元元年(1207)。
罪人として、役人に護送されながら、越後(現在の新潟県)へ向かわれたのでした。
聖人に随行を許されたのは、わずか二人の弟子だったといいます。その道中には、いかなる苦難が待ち受けていたのでしょうか。
各地には今も、親鸞聖人のご苦労を物語るエピソードが伝えられています。京都から新潟まで、親鸞聖人が歩まれたルートをたどる旅に出かけましょう。
琵琶湖を船で北上
京都を出発された親鸞聖人は、山科から逢坂 山を越えて近江(滋賀)に入り、琵琶湖のほとりに立たれました。
琵琶湖の長さは、南北に60キロ以上もあります。当時、京都から北陸へ向かうには、琵琶湖の南側の大津から船で北上するルートが一般的でした。
現在の大津港には観光船の出発に合わせて、にぎやかな音楽が響き渡っています。船内では楽しいイベントが企画され、おいしい食事も味わうことができます。 しかし、親鸞聖人は罪人として護送されるのですから、旅行気分など全くなかったはずです。暗くて重い雰囲気が漂っていたと思うのが当然でしょう。
ところが、「なんとありがたいことか! 法然上人が流刑に遭われなかったら、親鸞もまた、流罪にならなかったであろう。もし私が流刑に遭わなければ、都から遠い地方の人々に、阿弥陀仏の本願を伝えることができなかったに違いない。すべては、法然上人のおかげである」と喜ばれているのです。
実に、ポジティブな宣言です。
無実の罪で、理不尽な目に遭いながら、誰をうらむこともなく、未来への希望にあふれておられたのでした。
大津の港に立つと、琵琶湖の西側にそびえる比叡山が見えます。北陸へ向かう前に、親鸞聖人と比叡山の関係を振り返っておきましょう。
親鸞聖人は、幼くして両親を亡くされました。死は、情け容赦もなく、突然、襲ってきます。親鸞聖人は、「次に死ぬのは自分の番だ」「死んだらどうなるのか」と、えたいの知れない不安を抱かれました。これを仏教では、「後生暗い心」といいます。
生まれた以上、人間は、いつか必ず死んでいかなければなりません。
ところが、死から目をそらし、考えないようにしている人ばかりではないでしょうか。
親鸞聖人は違いました。この大問題を解決し、この世から永遠の幸せになるために、9歳で出家を決意されたのです。比叡山へ上り、天台宗の僧侶になられました。
しかし、どれだけ厳しい修行に励んでも、後生暗い心が晴れることはありませんでした。天台宗の教えに絶望された親鸞聖人は、29歳の時に、比叡山を下りられたのです。
その頃、京都では、法然上人が、阿弥陀仏の本願を説いておられました。
阿弥陀仏は、「どんな人をも、必ず助ける、絶対の幸福に」と約束されています。
親鸞聖人は、法然上人のご説法を聴聞され、阿弥陀仏の本願によって、後生暗い心が解決され、絶対の幸福に救われたのです。その喜びを、次のように詩の形( 和讃)で表されています。
超世の悲願ききしよりわれらは生死の凡夫かは有漏の穢身はかわらねど心は浄土に遊ぶなり
(帖外和讃)
(意訳)阿弥陀仏の本願に救われてからは、もう迷い人ではないのである。欲や怒り、ねたみそねみの煩悩は少しも変わらないけれども、心は極楽で遊んでいるようだ。
親鸞聖人は、大津から罪人を護送する船にお乗りになりました。しかし、聖人の心は、いかに喜びにあふれておられたか、拝察することができます。
悪天候で沖島へ
親鸞聖人一行を乗せた船は、琵琶湖を順調に進むかに見えました。ところが、途中で天候が悪くなり、船は沖島へ避難したのです。
沖島は、琵琶湖の中で最大の島です(現在の近江八幡市の沖合)。
島で働く人々は、親鸞聖人にお尋ねしました。
「私たちは、毎日、漁をして暮らしています。生きるためとはいえ、魚の命を奪い、殺生を繰り返している者でも、救われる道があるのでしょうか」
親鸞聖人は、「阿弥陀仏のお慈悲には差別がありません。どんな罪の深い人間も、必ず、絶対の幸福に救うと誓われているのですよ」と、阿弥陀仏の本願を明らかにされるのでした。
この島には、今も、親鸞聖人直筆の「南無阿弥陀仏」の御名号が伝わっています。
「もっとご法話を聞かせていただきたい」と願う人々に、御本尊として与えられ、ひたすら阿弥陀仏を信じ、阿弥陀仏一仏に向かって進みなさいとご教導なされた証といえましょう。
(『月刊 人生の目的』令和6年10月号より一部抜粋)
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