最も怖いのは自己中心の人
嫌われる人の思考パターン
「利他(りた)」の心は、温かい「慈悲(じひ)」の心です。仏教では「慈悲」の「慈」は「抜苦(ばっく)」、「悲」は「与楽(よらく)」のことだと説明されています。
苦しんでいる人がいると、とても見過ごすことはできず、何とかその苦悩を除いて助けようとするのが抜苦(慈)の心です。
与楽(悲)とは、他人に幸せを与え、その人が喜ぶことこそ、自分の喜びだと思う心をいいます。
慈悲とは、他者の苦しみ(不利益)を除いて、幸せ(利益)を与えたいという心ですから、まさに利他(他を利する)なのです。
その反対に、自分の利益のみを追い、己の欲望を満たすことしか考えていない状態を「我利我利」といいます。そういう自己中心的な人を表す言葉が、「我利我利亡者」です。「亡者」とは、「欲深い人」をいいます。
他人がどれだけ苦しんでいようと無関心で、自分の幸福だけを考え、他人を幸せにしようとは少しも思わない人は、慈悲のかけらもない、冷たい人です。
タイタニック号の悲劇
さて、無慈悲な我利我利亡者とは、誰のことでしょうか。倫理・道徳・教養の化粧の下に、どんな素顔が隠れているか、反省してみましょう。
1912年、4月14日の夜11時40分、ニューヨーク港に向けて航行中の豪華客船タイタニック号は、氷山に衝突し、約2時間40分後に、海底深く沈んでいきました。乗員・乗客およそ2,200人のうち、救命ボートに乗れたのは700人余り。1,500人以上が犠牲になる、史上最悪の海難事故でした。船に積まれていたボート20艘では、もともと1,200人しか乗せることはできませんでしたが、それでも定員まで乗せれば、あと500人は救えたはずなのです。
事故当時、氷山の流れていた海の温度はマイナス2度で、「1,000本のナイフで突き刺されるような冷たさ」だったと伝えられています。海面に流れ出した板切れや木箱にすがった人たちが、ボートを目がけて泳いできました。しかし、それらの人を全員乗せたら、たちまち転覆してしまいます。
「頼む、乗せてくれ」と、群がる人々を、ボート上の人たちは、片っ端からオールで殴りつけました。溺れている人たちも必死で、その程度では、あきらめません。ボート上の人は全力で水をかき、逃げるようにその場を離れました。
見捨てられた人々は、次々と溺死、凍死していきました。「助けて」という声が一つ、また一つと消えていきます。ボートに乗った人たちは、それをただ遠くから眺めていたのです。
しかし、14号ボートにいた運転士は、どうしても乗客を見殺しにはできませんでした。そこで同乗していた人々を説得して、ほかのボートに移ってもらい、選ばれた水夫と共に、救助に向かうことにしたのです。
せっかく助けに行っても、大勢に乗り込まれ、沈められてしまったら元も子もありません。むごいようですが、大半の人が亡くなるのを待ってからの出発でした。しかし、遅すぎました。船の沈没からもう一時間が過ぎ、生存者はほとんど残っていなかったのです。結局、助けられたのはわずか4人でした。
妻が、夫が、親が、子どもが冷たい海で溺れているというのに、救助に戻ったのは一艘だけだったのです。中でも薄情だったのは1号ボートで、定員40名のところ、12人しか乗っていなかったのに、動こうとしませんでした。
ですが、はたして彼らを責められるでしょうか。自分がボートに乗っていたら、どんな行動をとっていたか、胸に手を当ててみてください。

88ページ/A4変型
定価:700円(税込)
全文は本誌をごらんください。
『月刊 人生の目的』は書店ではお求めになれません。
ネットショップまたはお電話にて、ご注文ください。
単品注文は、税込1万円未満の場合は送料350円となります。
定期購読は送料無料でお得です。


