逆境を乗り越え心身の健康を保つ
首尾一貫感覚(SOC)とは?
日々、押し寄せるストレスを、前向きなパワーに変える魔法を紹介しましょう。
1970年代に、医療社会学者のアーロン・アントノフスキー博士が提唱した「SOC(センス・オブ・コヒーレンス)」です。これは「首尾一貫感覚」と訳されますが、この感覚が高いほど、逆境を乗り越え、心身の健康を保つことができるので、「ストレス対処力」とも呼ばれています。
アントノフスキー博士が研究したのは、第二次世界大戦時にナチス・ドイツの強制収容所に収容されながらも、生還することができたユダヤ人女性たちでした。家族も財産も衣服も、自由も人権もすべて剥ぎ取られ、一生消えない心の傷を負って当然の経験をしたにもかかわらず、その後も心身ともに健康を保っていた人が、3割もいたのです。
想像を絶するストレスに押しつぶされることなく、生き抜くことができた人たちの持っていた力とは、何だったのでしょうか。アントノフスキー博士 は、彼女たちに共通する「考え方」や「価値観」があることを発見し、「首尾一貫感覚」と名づけました。これは3つの要素からなる感覚ですが(図参照)、一言でいえば「不幸な出来事も含めて、人生のすべてに意味がある」という「有意味感」です。自分の人生には意味があると思える人ほど、ストレスに満ちた環境でも、健康でいられるのです。
これはナチス・ドイツのアウシュヴィッツ強制収容所の地獄を生き抜いた精神科医、ヴィクトール・E・フランクルの出した結論とも一致しています。絶え間ない暴力と罵倒にさらされ、飢えと寒さの中で重労働を強いられた収容者の多くは、自分は意味も理由もなく殺されていくのだと絶望し、精神を崩壊させていきました。
一方、この人生にも意味があると思えた人たちは、人間の限界をはるかに超えた苦しみに、耐え抜くことができたのです。
ストレスをなくすのは不可能
まず、自分の考えを変えてみる
自分に、どれくらいストレスがたまっているかを測定する、「ライフイベント法」といわれるものがあります。最も有名なのは、アメリカの心理学者ホームズらが作成した点数表です。例えば配偶者を亡くしたストレスは100点というように、日常の出来事が引き起こすストレスが、数値化されています(表参照)。もちろん、この点数は平均値であって、同じ出来事でも、受けるストレスの大きさは人それぞれです。
ストレスとは、外からの刺激によって心身が緊張することですが、その「刺激」は、死別や失業のような悪いものとはかぎりません。進学や就職、結婚、出産のような、外からは「幸せ」と見えることであっても、生活が大きく変化することによって、ストレスを受けるのです。
会社で昇進するのは喜ばしいことですが、責任が重くなって、プレッシャーを感じることもあります。どんなに好きな人と一緒になっても、生活習慣の違う二人が共同生活を始めるのですから、衝突もあるでしょう。環境が変わること自体が、ストレスになるのですから、ストレスのない人生を送ることなど、不可能なのです。
では、ストレスを減らすには、どんな方法があるのでしょうか。すぐ思い浮かぶのは、ストレスの原因を取り除くことでしょう。暴力を振るう夫と別れたり、馬の合わない上司を避けて転職したり、嫌いな隣人と別れるために引っ越したりすることなどです。しかし、生活環境はそう簡単に変えられるものではありませんし、たとえ新たな環境に身を置いても、そこには新たなストレスが生じるものです。
変えるべきは環境ではなく、自分ではないでしょうか。同じコップ半分の水でも、「もう半分しかない」と見る人には不満しかありませんが、「まだ半分もある」と思える人は満足できます。想定外のトラブルに巻き込まれると、多くの人は「なんで私だけ」「アイツが悪い」と、不平や怒りをため込むのではないでしょうか。しかし、そんなピンチを、成長するチャンスだと「見方」「考え方」を変えれば、前進する力がわいてきます。
2018年の平昌五輪、男子フィギュアスケートで、二度めの金メダルに輝いた羽生結弦選手は、数々の名言を残しました。
「悔しさは僕にとって収穫でしかない」や、「失敗があればあるほど悔しい気持ちがあって、それが成長につながると思っている」「逆境は嫌いじゃない。弱いというのは強くなる可能性がある」など、努力に裏づけられた発言には重みがあります。
どうすれば、失敗や逆境を、エネルギーに転換できるのでしょうか。鍵を握るのは「人生の目的」です。
(『月刊 人生の目的』令和6年10月号より一部抜粋)
続きは本誌をごらんください。
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