親鸞聖人の肉食妻帯に、夏目漱石も驚嘆!-赤山明神に現れた美しい女性との出会い

大革命を断行した人──。

明治の文豪・夏目漱石が、親鸞聖人に贈った賛辞です。

漱石が「大革命」と驚いた事件は、親鸞聖人31歳の時に起こりました。公然と結婚されたのです。

「結婚? それがどうして事件なの?」と疑問に思う人が多いでしょう。

当時、天台宗や真言宗などの旧仏教は、僧侶が「肉食妻帯(にくじきさいたい)」することを固く禁じていたのです。

肉食妻帯とは、結婚したり、動物の肉を食べたりすることです。この戒めを、陰で、こっそり破る生臭坊主はいましたが、堂々と宣言して結婚した僧侶は、誰もいなかったのです。

その重大な意味を感じ取った漱石は、大正2年12月、第一高等学校(東京大学の前身)で行った講演で、次のように述べています。

親鸞聖人が、公然と肉食妻帯を断行されたことは、日本の歴史上でも、大事件であったことが分かります。

だから今日、親鸞聖人といえば肉食妻帯、肉食妻帯といえば親鸞聖人といわれるのです。

では、なぜ親鸞聖人は、肉食妻帯を断行されたのでしょうか。また、この大革命によって、どんな迫害が起こったのでしょうか。その真相を明らかにするために、今回は、京都市内の赤山明神跡、吉水草庵跡、岡崎草庵跡を訪ねましょう。

なぜ、厳しい修行をするのか。

この目的が分からないと、親鸞聖人の生涯も、『歎異抄』も理解できなくなります。

幼くして両親を亡くされた親鸞聖人は、「次に死ぬのは自分の番だ」と、無常を強く感じられました。

「死んだら、どこへ行くのか」

「死後は、あるのか、ないのか」

これらの不安や疑問は、すべての人にとっての大問題です。

この大問題を、仏教では「後生の一大事」といいます。

後生の一大事を解決し、この世から、未来永遠の幸せになるために、仏教を求めるのです。

親鸞聖人は9歳で比叡山延暦寺の僧侶となり、欲や怒り、ねたみなどの煩悩と闘う難行苦行を続けておられました。

赤山禅院の山門と、「赤山明神」と刻まれた石碑

そんなある日、都から比叡山へ戻ろうとして、赤山明神の前を通られた時のことです。

どこからともなく、「親鸞さま、親鸞さま」と呼びかける女性の声がしました。

「こんな所で、誰だろう?」

振り返ってみると、ハッとするほど美しい女性が立っていました。

「私を呼ばれたのは、そなたですか」

「はい。私でございます。親鸞さまに、ぜひ、お願いがあって……。どうか、お許しください」

「この私に、頼み?」

「はい、親鸞さま。今からどこへ行かれるのでしょうか」

「修行のために、山へ帰るところです」

「それならば、親鸞さま。私には、深い悩みがございます。どうか山にお連れください。この悩みを何とかしとうございます」

「それは無理です。あなたもご存じのとおり、このお山は、伝教大師(でんぎょうだいし)が開かれてより、女人禁制の山です。とても、お連れすることはできません」

「親鸞さま。親鸞さままで、そんな悲しいことをおっしゃるのですか。伝教大師ほどの方が『涅槃経(ねはんぎょう)』を読まれたことがなかったのでしょうか」

「えっ、『涅槃経』?」

「はい。『涅槃経』の中には、『山川草木(さんせんそうもく)悉有仏性(しつうぶっしょう)』と説かれていると聞いております。すべてのものに仏性があると、お釈迦さまは、おっしゃっているではありませんか。それなのに、このお山の仏教は、なぜ女を差別するのでしょうか」

「……」

「親鸞さま。女が汚れているから、と言われるのなら、汚れている、罪の重い者ほど、余計に哀れみたまうのが、仏さまの慈悲と聞いております。なぜ、このお山の仏教は女を見捨てられるのでしょうか」

鋭い指摘に、親鸞聖人は、返す言葉がありませんでした。

赤山禅院の近くから眺める比叡山

今でこそ比叡山は、観光バスや自家用車、ケーブルカーなどで、誰でも自由に登ることができます。

しかし、明治時代までは、「女人禁制」「女人結界の地」として、女性の入山は固く禁じられていました。

生きることに、悩み、苦しんでいるのは、男も女も同じです。

「死んだらどうなるのか」と、暗い心を抱えているのは、男だけではないのです。

それなのに、なぜ、比叡山の仏教は、女性を差別するのか……。

赤山明神に現れた女性の言葉は、親鸞聖人の胸に深く突き刺さるのでした。

やがて女性は、「親鸞さま。どうか、すべての人が平等に救われる教えを明らかにしてくださいませ」と言い残し、どこへともなく去っていきました。

しかし、親鸞聖人の心には、この日から異変が起こったのです。

吉川英治は、小説『親鸞』に、次のように書いています。(範宴(はんねん)は、比叡山時代の親鸞聖人の名前)

天台宗、真言宗などの伝統的な仏教では、僧侶が女性に心を奪われないように厳しい戒律を定めています。

「大蛇を見るとも、女人を見るな」「火柱だいても、女人はだくな」「女人は地獄からの使いなり」とまでいわれています。

親鸞聖人は、誰よりも真面目に修行に打ち込み、戒律を破るようなことはしておられません。

しかし、心の中に噴き上がる恋の炎は、理性の力では消せないのです。心で造る罪の重さに苦しまれたのでした。

何をしていても、赤山明神で出会った女性の面影が浮かんできます。

「そんな邪念を振り払え!」と戒めても、耳の奥から、「親鸞さま、親鸞さま」と、ささやく声が聞こえてくるのです。

「欲にまみれ、怒り、恨み、ねたみの心が渦巻いている人間は、救われないのか」

「どうすれば、後生の一大事を解決できるのだろうか」

親鸞聖人の苦悩は、深まるばかりでした。

そして、ついに、これらすべての疑問が氷解する時が来ました。

(『月刊 人生の目的』令和6年8月号より一部抜粋)

続きは本誌をごらんください。


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